ステッカーチューンまではよかったが・・・
ブラッシュファクトリーからバイクを引き取ってきた翌日、僕は早速ツーリングに出掛けました。太陽の下で見る我が愛車は、昨日蛍光灯の明かりの下で見た時とは若干印象が異なり、少し赤みがかったイエローでした。そのぶん、(昨日よりは)全体が小さく見えます。そこは正直、ちょっとホッとしました。(笑)
ツーリング先で止まるたびに、いろんな角度から愛車を眺め、ひとり悦に入っていたのですが、見馴れてくると何かちょっと淋しい。シンプルでキレイで良いのですが、ちょっと物足りないというか、あっさりしすぎてる気がします。
なにが物足りないのだろう? じっと眺めていてどうにも判りません。
そこで、ノーマルの写真と見比べていて、ようやくあることに気づきました。「文字」が無いのです。
例えばテールランプの上にある、小さな「YAMAHA」の文字がなかったり、サイドカウルにあった「XJR1200」のエンブレムが無かったり。あるいはタンクの上にあったコーションラベルが無かったり (これはデザインされたモノではないですが) 。
小さなものですが、こういうステッカー類も意外と全体のデザインに効くものなんだな~、と気づきました。
そこでまずはバイク用品店で「YAMAHA」のロゴステッカーを買ってきてテールカウルに貼り、ついでに「ヨシムラYOSHIMURA」のステッカーをタンクのエンブレムの下に張りました(これはサイズ的にもピッタリで、自画自賛(笑) )
ここで止めれば良かったのですが、、、、
フリーハンドレタリングにあこがれて。
かなりそれらしくなってきたものの、まだ何か足りないものが。
「そういえば、どこにも車名がないじゃん。」
そうです。XJR1200という車名が何処にも入っていません。これでは1200なのか400なのかもわかりません。(いや、わかるって(笑) )
早速「XJR1200」というステッカーを探したのですが、こちらはなかなか都合良く合うものが見つかりませんでした。
さてどうしたものか? と、またバイク雑誌を見ながら考えていると、(しかし当時は情報源というと、ほんとに雑誌しかなかったんだなあ、とあらためて思います。)、フリーハンドレタリングの記事が目に入りました。絵筆で一文字一文字描かれたレタリングは僕の目には新鮮でやたらカッコ良く見えました。
「これだ!これで『XJR1200』と描いてもらえばきっとカッコいいに違いない!」と思いついたのです。
我ながらナイスアイデアだと思いました。
ここで素直に再びブラッシュファクトリーの門を叩けばなんの問題もなかったのですが (ブラッシュファクトリーはレタリングも得意なショップです。) 、何故かそのときの僕は、再び同店に追加オーダーをするのは、何か手直しを頼む事のように思ってしまい、気が引けてしまったのです。
その雑誌でフリーハンドレタリングを披露していたのが「ペティーペインターズパラダイス」でした。当時はまだフリーハンドレタリングやピンストライプは珍しく、それを売りにしているペイントショップは他にほとんどなかったと思います。
もうこれはペティーさんを訪ねるしかない (こればっかり(笑)) 、と思い、早速店を訪ねることにしました。
ペティーペインターズパラダイス
ブラッシュファクトリーも見つけづらい店でしたが、ペティーペインターズパラダイスも負けず劣らず分かりづらい店でした。住所を頼りに訪ねると、そこには小さな中古車販売店があるだけです。
おかしいなあ、この辺なんだけどなあ~と思いつつ、なんどもなんどもその店の前を行ったり来たり。
どうしても見つからないので、その中古車販売店に飛び込み、この辺でバイクのペイントショップを知らないか?と聞くと、隣だという。
その店の隣には、ちいさな民家というか、小屋(失礼!)というか、そういう感じの古い建物がありました。入り口からガラス越しに中を覗くと、たしかにペンキやらバイクのパーツらやらが見えます。どうやらここが店のようですが、中には人影がありません。
しょうがないのでしばらく店の前で待っていると、一台の軽自動車がやってきて、店主と思しき人物が降りてきました。
「ああ、ごめんごめん、待った?」
ペティーペインターズパラダイスの鈴木貞義さんでした。
失礼千万な依頼
電話であらかじめ「バイクにフリーハンドでレタリングを入れてほしい」とお願いしてあったので、会うなり鈴木さんは「バイクどれ?」といって周りを見渡しました。
ところが、僕が道端に止めたままのXJR1200を指さすと、鈴木さんの表情が一変しました。
「あちゃー、塗ってあるじゃん。自分で塗ったの?」
ぼくが首を横に振ると
「あ~、平井さんとこか。ご丁寧に『BrushFactry』って名前まで入ってるジャン。」
といい、そして
「これじゃ塗れないヨ。」
と言いました。
「オレだってペイント屋なんだぜ。他人が塗った上に文字入れたり出来ないよ。だいいち、平井さんにも失礼じゃん。」
そうです。そりゃあそうです。
ペイントは立派な「作品」です。
僕が頼んだことは、誰かが描いた絵画に、別の画家が絵を書き足すようなものです。元の画家にも、後から描く画家にも失礼極まりない話です。
それを自分では「最高のコラボレーションだあ!」みたいに思っていました。
頭から冷や水を掛けられたような気分でした。
僕は恐縮し、とにかくお詫びの言葉をならべ、早々に引き揚げようとしたところ、腕組みしていた鈴木さんが一言。
「で、なんて描くんだ?」
「・・え?」
「なんて描くの?」
「え?描いてくれるんですか?」
「だってしょうがないじゃん、来ちゃったんだもん。電話で聞いてたら断ったけどさあ。」
と言いました。
とまどいつつも、「”XJR1200”って書いてほしいんですけど。」というと、
「そんなんでいいの?」といいつつ鈴木さんは店の中に入り、筆とペンキを持って出てきました。
見たこともないアメリカ製のペンキの缶をあけ、ミキシングバーでサッとかき混ぜると、海外の雑誌をパレット替わりにしてペンキをたらし、溶剤で薄めます。そして筆を持って、スッ、スゥーっと走らせると、見る見るうちにカッコイイ文字がタンクの上に描かれていきました。
”XJR1200”
たった7文字ですが、それがあるだけで全体の雰囲気がまるで違って見えました。
「こんな感じかな。」
「いいねえ。まるで全体も俺が塗ったみたいじゃん。悪いなあ。ははは。」とニンマリする鈴木さん。
その仕上がりに感動しつつも、内心恐縮しきりだった僕は、あらためて
「いや、ほんとにすいませんでした。」とお詫びしたのですが、
「いや、まあ、たまにはちょっと文句の一つも言ってみたかっただけだから」と笑い、
「まあ、入りなよ。」と店の中に招き入れてくれました。
鈴木さんは僕にカンコーヒーをすすめてくれ、二人でそれを飲みながら、ペイントの事、バイクの事、バイク雑誌や業界の裏話など、実にいろんな話を聞かせてくれました。僕にとっては実に楽しいひと時でした。
ふと気づくと2時間ほどたっていました。
「また、おいでよ。」と言ってくれた鈴木さんにあらためてお礼をいい、XJRに乗って帰路につきました。
僕はバイクの仕上がりとその腕、そしてそれ以上に鈴木さんの人柄にすっかり魅せられてしまいました。
若気のいたり、というか、今思い出しても恥ずかしい話ですが、かれこれもう20年も昔の話。そろそろ時効かな、と思って書きました。
この話続きます。